投稿者「ManiMani」のアーカイブ

お口とメンタル

 

 

気分を変えたい、上げたい時、歯磨きがお勧めです。
口の中が汚れていると気分もいまひとつ晴れない。
もや~っとします。
同じように、メンタルが落ちていると歯磨きする気も起きなかったりして、口の中とメンタルは密接な関係です。

 

脳部位とそれにつながる全身の体部位は対応関係にあることを説明した、ペンフィールドという脳神経学者の作った「ペンフィールドの地図」からも、大脳皮質の体性感覚野と運動感覚野それぞれに唇や歯、舌など「口腔」関係が大きな部分を占めていることがわかっています。
(これを人型に表したのが「ホムンクルス」です)

 

口腔内、いわゆる「口」、は食べ物を摂り込む、言葉を発する器官でもあり、キスなどの愛情表現に使うこともあります。
食べる、話す、愛する、大まかに捉えても大切な役割を担当していることに気づきます。
言葉は言霊がありますし、食べ物は肉体に吸収される栄養源ですから、それを担う口腔は汚れのないほうがいいに越したことないです。

 

ただの習慣(惰性)で歯を磨いているなら、歯を磨くという行為に集中して、歯を磨いてみる。
テレビを見ながらなど、~~しながらではなく。
歯間ブラシとデンタルフロスも使って丁寧を心がける。
歯を丁寧に磨くと、とてもすっきりした気分になります。

 

定期的にエステやマッサージに行ったり、ヘアケアをしていても歯は忘れがちですが、歯のケア、お口のケアはいつでもできるお手軽なメンタルアップ法です。
できれば、歯科で歯石除去を定期的にやるのがいいですね。

 

肉体をケアすることで肉体が安心でき、自分を大事にすることに繋がっていきます。

 

マストツール

(過日江ノ島にて。見上げたらフェニックスの雲でした)

 

 

先日、母ごころの記事を書きましたが、人は本当に慣れの生物だなと実感しています(笑)

 

近況ですが、この春、放送大学教養学部心理と教育コース卒業して、教養学部教養学科人間と文化コースに入学しました。
そして、ノウイングアカシック専科を卒業しました。
2つ並行してやっていくのは中々きつかった時もあったけど、できるとわかっていたので(できない気がしなかった)、無理をした思いもなく、ハードな時間割も楽しかったです。

 

人そのものに興味や疑問が多かった子ども時代、人の内側、内面を見たいと思っていました。
怒ったり泣いたりの感情がどこから生まれるのか、人の内面で何が起きているのか知りたくて、口の中に頭を突っ込んで中を見てみたい、なんてことを真剣に考えてました。
特色の強い家族に囲まれて、その家族を幼い頃から観ていたのが原点かもしれません。

 

心を学問的数値的に表すのはある意味アカシックと対極であると共に、とても親和性を感じました。
アカシックリーディングに出会い、子どもの頃からの疑問が解けて、心理学でさらに理解が深まる。
勉強する、知識を得るのがこんなに楽しいのは、アカシックリーディングがあってこそだなぁと思います。
わたしにとってどちらもなくてはならないものです。

 

今度は心理学はもちろん、他の分野も興味のままに学びたいので再度入学です。
今度は卒業を意識しないで、期間いっぱい使う予定です。
知らないことがたくさんあるので、これからも知識を広げてリーディング情報の解釈に役立てます。

 

区切りと新たなスタート。
関わってくださった皆さま、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。

 

 

新年度~子どもが新社会人で嬉しい、寂しい~複雑な母ごころ

 

 

新年度が始まりましたね。
新しい学校、就職など変化の大きい方もいることと思います。
特に変わらないという方も周囲の影響でなんとなくいつもと違う感じがあるかもしれませんね。

 

わたしは次男が晴れて社会人となりました。
おめでたいことです。
自分の力で歩んでいく第一歩を踏み出せたことは、母としてはほっと一安心です。
育児でドタバタだった頃は「早く大人になってくれないかなー」と思ったものですが、いざこうして社会人となると成長を喜ぶと同時に、

 

寂しいーーーー。

 

となって、いろいろ思い出すわけです。
5歳くらいだったか、一緒に歩いていて気がついたらいなくて、振り返ったら通り過ぎた駐輪場の自転車がばったり一列全部倒れているのを小さな体で起こそうとしていた健気な姿(二人で全部起こしました)、膝の上で本を読んであげたけどつまらなくてもじもじしていたこととか。
特に昨年後半からは講義も少なくて結構家にいたので、家にいるのが当たり前みたいな感じだったのでその姿とか。

 

寂しいなぁ。

 

と、初日は何かするたびに思ってました。
なんていうのか、手から飛び出して行ってしまった喪失感みたいな、空になった巣でぽつねんといる孤独感みたいな。
子どもを心配してるようで、本当は自分の心配、寂しさに振り回されているんです。
子育ては母になった時からの一大プロジェクト、それがひと段落したので、気がホゲ~っと抜けます。
達成感もあるけど、「あの時ああやればよかったなぁ」と思ったりもします。

 

 

長男の時もそうだったなと思い出しました。
結局、これも慣れていくものなんですよね。
ずっと続くわけじゃない、と考えている自分もどこかにいたりします。
でも、そんな時ばかりじゃなく、理屈ではわかっていても、寂しいーーーってこみあげることもあります。
だから、今は寂しいと感じる時は寂しいと感情を受け入れていくことが楽だと思っています。
初日は泣きたくなったので泣きました。
一人だと気にせず泣けていいなぁと思ったのも事実です(^^;
初めてかもしれない!?(笑)
そして、こういう感情にだけ向き合える時間があることを贅沢なことだなとも思いました。

 

 

大人と子ども、変化や出来事に対してどちらが立ち直りが早いか、ということを心理学で学びました。
答えは、子ども、だそうです。
年齢を重ねた大人のほうが衝撃に弱くなってしまうんだとか。
(確かに何かあっても子どもの方がケロっとしてますよね)
考え過ぎる習慣、心配癖がついていくからでしょうか。
そんな衝撃に弱い傾向に加え、だいたいのこの立場の母親は更年期でもあるので、ホルモンバランスの影響で感情面で脆さが出やすく、辛さが倍増なケースもあると思います。
わたしは幸いなことに更年期の症状は自覚的なものは感じないのですが、もしもあったら今がもっと辛いだろうと思います。
体のこと、年齢的なことも影響しているので、これを機会に体のことに意識を向けるのも、状況の改善に役立ちますね。

 

子どもが急に大人になってしまったようで寂しさを感じているお母さん、視点をちょっと変えてみませんか。
それはお母さんだからこその、逆の言い方をすればお母さんにしか味わえないことです。
そんな貴重な体験、すごいと思いませんか。
子どもが自分の新たな道を歩み始められるのは健全に成長しているという証しです。
そのために育ててきたんですから、ミッション成功です。
理想の母には(わたしは)遠いけど、それでも日々奮闘してきました。
子どもの人生の土台を作れたことを誇りに思いましょう。
今、経験していることは「お母さん冥利に尽きる」出来事だと感じています。

 

わたしたち親自身も子どもだった時、同じことがありましたよね。
歴史は繰り返される、のプチバージョンですね。
そうだったんだなぁと思いを馳せて、ここまで家族が無事に成長できたこと、日々の生活、当たり前のこと、何気ない日常生活にあらためて感謝の気持ちが沸いて来ます。
その暖かな気持ちを胸に満たして、暖かさで内側をいっぱいにしてみてください。

 

みんなそれぞれ様々なことを経験していて、それは唯一無二の体験です。
ゆっくり今の自分とお付き合いしてみてはいかがでしょうか。
わたしもそうします(^^)

 

Action

 

手放すことについて、続きです。

これ違うよなぁ・・と思いつつやっていたことをいざ手放すのは勇気がいります。

どんなに「これは嫌だな」「なんか違うよね」と感じていても、そこには慣れがあって、人(肉体)は習慣化を好むので違う状態になりたくないから、怖いよーってビビってしまう。

変えたら自分がどうかなってしまうんじゃないか、とやっと出た勇気が萎んだりする。

全然そんなことはなくて、自分に自身を開いているだけなのですが、感覚が麻痺してるのと怖さで、そこらへんは気づき難いです。

でも、それでも手放そうと決めたのは、心のどこかで身軽になれることに気づいているということです。

手放してしばらくはしんどいけど、それも慣れで薄れていきます。

終わりではなくて、晴れやかな始まり。

そこにどれくらいのエネルギーを注いでいたか、どれくらい自分を無視していたかによるけど、「そんなこともあったなぁ」と思える日がきます。

自分と繋がって、試行錯誤しながら進んでいくことの心地よさ軽やかさに気づく。

成功も失敗も、そんな枠はなくて、あるとしたらそれは自分で決めた枠でしかないです。

 

春分の日が過ぎて、暖かい春がやってきます。

軽やかにいきたいですね。

 

 

ポイッとパッと

手放したほうがいんだろうとわかっていても手放せないものって、本当に望むものと表裏な関係だけど、残念ながら欲しいものと形がちょっと違うんですよね。

違う形だから、やっぱりどこかしっくりこないです。

疲れたり、どこか楽しくなかったり、虚しかったり。

心のどこかでは「これは違うよ」ってサインがあるのにスルーしてしまったり。

思い切って手放すと本当に欲しいものに近づけるのがわかっているけど、怖くてできない。

そうやって悩むことも手放せなくなっていたりします。

でも、限界感じたり、もういいやって思えたら、勇気を振り絞って手放してみる。

手放してしばらくはぽっかり穴が開いたような気持ちだけど、心のどこかで軽やかさも感じられて、

時間が経てばいつしか軽やかさのほうが大きくなって、動ける時がきます。

そして、新しくできた空間に新しいものが入ってきます。

物でも感情でも。

違うな、これじゃないなってなったら離れてみましょう。

どうしてもできない、まだ続けたい時は、それもまた良しですよね。

自分が納得するまでやって、いつかポイッと「もうお終い」にしたくなる時が来たら、その時はパッと決断しちゃいましょう。