投稿者「ManiMani」のアーカイブ

お笑い♪

 

 

笑ってますか?
大人になると転げまわるような大笑いすることもないけど、たまに顎がはずれるくらい笑いたくなります。
だってすごくスッキリするので。
そこまで笑えなくても、純粋に面白いことで楽しく笑いたいです。
そんなことでわたしは「お笑い」が好きで、ライブにたまに行ったり、お笑い動画を見たりするのが大好きです。

 

 

お笑い芸人さんたくさんいますが、わたしのツボの芸人さんはサンドウィッチマンです。
ネタもすごくおもしろいし、「間」の取り方が絶妙。
何回見ても笑える安定感。
純粋に「話し」で笑いをとる姿勢は素晴らしいです。
コンビ愛の強さも滲み出ていてほっこりします。
いつか単独ライブ行きたいなぁと思い、今年応募したら当たりました。

 

 

で、ちょっと前になりますが単独ライブ行って来ました。
超絶おもしろくて、ほぼ3時間笑いっぱなしで顎が痛くなったほど(笑)
多忙なのに練りに練った新ネタ、ツボりまくりでした。
特に恒例の小島さんイジリがDVD以上に面白かった!!
やっぱりライブはいいなぁ~

 

 

好きなお笑い芸人さんのライブで大笑いできて、スッキリ。
お笑いを見てネタの落ちがわかった「!」の瞬間はすごい刺激です。
笑うって無意識に呼吸が深くなるし、声を出して笑うって自分のちょっとなんだかなぁと滞っているエネルギーが動きますよね。
面白くなくてもただ声を出して笑うだけで脈拍が安定します。
自律神経が安定すると気持ちも落ち着きます。
(脈拍が速いときは交感神経優位で戦闘モード、思考の余裕がなくなります)
楽しいし、すっきりできて、心身にもいい。
笑いヨガっていうのもありますよ。
気分がイマイチな時もそうでなくても「笑い」です。
お気に入りのお笑い芸人さんを見つけたり、おもしろ動画を見るとか。
笑ってください♪
(正統派漫才お好きな方、サンドウィッチマンお勧めですヨ。YouTubeで公式動画たくさんあります)

 

 

ライブで買ったグッズたち。

 

 

 

 

 

このカレーはレトルトとは思えない美味しさでした!
にしきやさんという宮城県の会社です。

 

 

 

秋分の日に向けて

 

 

秋分の日が近づいていますね。
わたしは占星術に詳しくないですが、アカシックリーディングを始めてから、春分、夏至、秋分、冬至をとても身近に感じるようになりました。
意識してなくても潜在意識が働きかけてきて、近づいてくるとソワソワします(笑)。
きっとこれまでも太古からのサイクルが刻まれたDNAレベルからの働きかけがあったけど、感覚が掴んでいなかったんだと思います。
「今」に集中できてない時にありがちなことです・・・

 

 

秋分の日はちょうどエネルギーがゼロポイントになり、冬至に向かって「陰」へ向かい始める日です。
陰陽のバランスのとれる日、そこから陰へ向かう日です。
「陰」はネガティブで悪いイメージかもしれませんが、「陰」があるから「陽」があり、またその逆もで、どちらが良いとか悪いとかはありません。
(あることに適している適していない、はあると思いますが)

 

 

お勧めしたいのが断捨離です。
静かに内側へ向かう、気分を切り替えるには環境のエネルギーを動かすのがとても効果があります。
物を整理して生まれた空間に新しいエネルギーの動きが生まれます。
押入れ、クローゼット、引き出しなど特に見えない部分を重点的にするのが「断捨離・秋分の日バージョン」です。
年末の大掃除も楽になるし、いいことだらけです(^^)

 

 

これまでの振り返りをするのもお勧めです。
(わたしは春分から振り返ってます。)
そして、冬至へ向かうまで、冬至から春分までどのように過ごしたいかざっくりでもいいからはっきりしおく。

 

 

陰へ向かうので、外に向かってガンガンするというより、自分の内側へ意識をむけることに重点を置くといいと思います。
目標で「ここできていないなぁ」など不足している部分の対策をたてるとか。

 

 

振り返り、断捨離、ぜひやってみて下さい。
そして、秋分の日当日を意識的に過ごされてみてください。
わたしもそうします(^^)

 

そなえよ、つねに

 

 

今回初めて大きな災害で身内や友人の安否を心配する経験をしました。
ライフライン損害の影響を受けましたが、家屋損壊も怪我もせずに済みました。
これまでも災害について自分なりに被害の重さや心配をしていましたが、実際に親や親戚、友人が被害にあうというのは想像以上にしんどいものでした。

離れているし、停電でむやみやたらに連絡もできないし、ニュース映像では地域的なものはわからない。
復旧して連絡が自由にとれた時は重石がとれた安堵感がありました。

 

 

当事者の方はもちろんですが、周囲の者も非常時の心配というのはしんどいものです。
家族、年老いた親や親戚、友人にこんな気持ちをさせないよう、自分の身を守るためにも備えをできるだけしようと思いました。
身の安全を高めるのは自分だけの問題ではなく、家族や周囲の人との大切なことでもあるんだとあらためて感じます。

 

 

気がかりだった大物に着手しました。
断捨離で収納するものが減ってきた大きなタンス、なくても困らない家具を思い切って処分しました。

これまでいつか処分したいと思っていたけど、思い出のある大事な品だし、とても大きいので動かすのも一苦労でなかなか行動に移せませんでしたが、一大決心で行動に移れました。
部屋が広くなり、入っていたものも整理処分できて一石二鳥。
空間が増えるって気持ちいいです。

これが契機で家中の断捨離に発展しました。

 

 

身の安全確保のメーターが少しは上がったかな。
家具が減れば、下敷きなどで自分にかかったであろう手を少しは煩わせなくて済みます。
そして、その手が違う形で誰かの役に立つこともできると思います。
物が少なくなれば家の中での危険因子も減るし、片付けも手間がなくなるし。

他にも非常食や持ち出し点検などを進めています。
油断するとすぐ重くなるので中身の取捨選択が難しいですね。
いざとなったら果たして持ち出せるか、役に立つのか未知数ですが、やみくもに心配するより「今できること」をやっておこうと思います。

 

 

「そなえよ、つねに」
(ボーイスカウトのモットー。好きな言葉です)

 

遠くに見えて足元にある

 

仕事、恋愛、パートナー
うまくいかない時、いかなくなればなるほど意識が外側に向かってしまいがちです。
そして、あれこれ頑張って解決したように思っても、同じ問題は違った形でまた起きてしまう。
マクロの視点から見るとそれも「体験」の一つに過ぎないのだけど、肉体を持っているとなかなかそう思えないものです。

 

土台を疎かにして表面を塗り足してもまた剥がれてしまう。
厚く塗れば塗るほど剥がれた時の衝撃も大きい。

 

その問題の根本に何があるかに気がつけられたら、そしてそれを自らが選んでいたことを認められたら、自分を追い込むようなスタイルではなく、もっと自由に選択できる。

 

求めるものは遥か遠くではなく、足元にあります。

 

名前

 


ノウイングスクールに通うまで職場と家庭の二本立て人生だったわたしは、苗字で呼ばれることが圧倒的に多かったので、スクールで「○○名前)さん」って名前で呼び合うことが新鮮に感じました。

「わたし」を呼んでくれているんだなぁと。

 

ある時、講師の方に「○○(わたしの名前)ちゃんは大丈夫よ」と言われた時、何とも言えない気持ちになりました。
嬉しいのと、悲しいような寂しいような。
ごちゃまぜの複雑な感情でした。

 

なんでだろうってずっと思ってました。
ある時、「あぁ・・・」と気がつきました。
子供の頃、こう言われたかったんだと。
「○○ちゃん、大丈夫よ」

 

名前は生まれてから死ぬまでずっと変わらない。
いつもどんな時も共にいます。

 

「○○ちゃん(くん)」と自分に呼びかけてみる。
どんな自分が見えるか。
どんな感情が湧くか。

 

じっと我慢している小さな子供のわたしがいます。
そんな時、あの頃言って欲しかった言葉
「○○ちゃん、大丈夫だよ」ってその子に言ってみる。

 

忘れていたけど本当は忘れていない、確かに存在する自分を思い出す。

 

名前にはその人そのものが込められています。
それを呼ぶことは相手、自分、存在そのものに呼びかけていること。

 

名前を呼びかける時、いつもそう思います。